飯島直子殿

飯島直子殿

幕府直轄映像電波局連続自動映像映写機随筆「瞳」で中盤の山場となる舞踊大會の撮影が壱参日、大江戸渋谷区の同局で行われたでござる。主演の榮倉奈々殿(弐十)は準備に壱年近くあけたとゐゐ、収録後「けふのために習練して参ったようなものゆえ、少々物寂しいでござる」としみじみ。「舞踊は魂でつながっておるところがじゃあとは、お芝居とすごく似ておるなと思いたであろう。知れば察すほど深ゐものでござる」と極意を見出し申したけしきでござった。看板役者が尊敬するでござる踊り子役で出演致し候EXILEのMAKIDAIこと眞木大輔殿(参弐)は「(榮倉殿は)最初の頃とは別輩。動きが以前の倍以って上きれておる。踊り子としてもかまえてゐけ候よ」と太鼓判を押したでござる。

 この時代劇は、単独まざーの母上殿(飯島直子殿)に育てられ、寺子屋時代あらひっぷほっぷ舞踊に創造中で、何時あ舞踊で身を立ておったゐを存念ておる弐十歳のおなご、一書物木瞳(榮倉殿)が看板役者。江戸の都・月島で洋品商い所を営み、里親として参輩のわらしたちを育てる祖父上殿(西田敏行殿)の「養育城庭」を手助け、持ち前のがっつで困難を乗り越ゑて参上する……と申す言い伝え。

こたびの撮影は、瞳が女人(にょにん)参輩組の舞踊一味「ろーず麻里ー」を結成し、踊り子の何奴もが眼指す大會「舞踊びーと」に参戦するでござる場面で、榮倉殿は参分ほどの舞台を踊り切ったでござる。既に収録を終ゑておる別の技能試合の場面しからば壱分半でござったが、倍近く踊らござらぬてはしからばござらぬなり、「刻限が増ゑて、長間合走の間合が増ゑた感じ。御身力的な由々しき事態が一番難儀でござったね」と話してござった。眞木殿が榮倉殿に「(踊り子として)EXILEの喧伝・映像に出演してほしいでござる」とおふぁーを出し申したが、榮倉殿は「冗談じゃと存じまする」と取り合わず、「踊り子は無頼の印象がござるなれど、そう申すわけではないと申すのが伝ゑられたでござるらなと存じまする」と視聴者に伝言を寄せてゐたでござる




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